大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成11年(受)110号 判決

上告人

右訴訟代理人弁護士

松岡一章

被上告人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松岡一章の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について

民法九〇三条一項は、共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除し、その残額をもって右共同相続人の相続分(以下「具体的相続分」という。)とする旨を規定している。具体的相続分は、このように遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって、それ自体を実体法上の権利関係であるということはできず、遺産分割審判事件における遺産の分割や遺留分減殺請求に関する訴訟事件における遺留分の確定等のための前提問題として審理判断される事項であり、右のような事件を離れて、これのみを別個独立に判決によって確認することが紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要であるということはできない。

したがって、共同相続人間において具体的相続分についてその価額又は割合の確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法であると解すべきである。

以上によれば、上告人の本件訴えを却下すべきものとした原審の判断は、是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人松岡一章の上告受理申立て理由

一、原判決には、民事訴訟法三一二条二項六号の「判決に理由を付せず」または「理由に食違いのある」違法、もしくは第三三八条一項九号の「判断の遺脱」の違法がある。すなわち、

(一)(イ) 原判決の「事実及び理由」の第三(当裁判所の判断)のうちに(の七頁の末行から八頁の七行目にかけて)、

「具体的相続分を確定するためには、……共同相続人中に被相続人から遺贈又は贈与を受けた者があった場合は、それらが特別受益財産に該当するか否か、いわゆる持戻免除の特約の有無、特別受益財産の評価が必要となる。

特別受益に該当するか否か、或いはいわゆる持戻免除の特約の有無の判断に当っては、当該財産の内容価額、各共同相続人の生活状況、被相続人の意思、各相続人間の公平等一切の事情を考慮して、後見的に裁量権を行使して合目的的な解決を図るのが相当である場合が多い。」

との判示がなされている。

(ロ) 右の判示のうちに「一切の事情を考慮して、後見的に裁量権を行使して合目的的な解決を図る」とあるので、右の判示は「非訟手続」(国家が私人間の生活関係に介入するために命令処分する手続)をいうものである。

(これに対し、「訴訟手続」は、最高裁昭和四一年三月二日大法廷決定(集、二〇巻三号、三六〇ページ以下……添付書類)の判例にいわれるとおり、実体法上の権利関係の存否を、(法規に抽象的に予定されたところを適用して)対審公開の判決手続によって確定するものである。)

その上、右の説示に続いて、「特別受益」とならんで、「法定相続分等」を修正し「具体的相続分」を成立させる「寄与分」について、それは「訴訟手続」では確定できず、家庭裁判所の「審判手続」(非訟手続)によって、決定した上で、「具体的相続分」を確定すると説示せられている。

(ハ) 原判決では、以上を総合して、「具体的相続分」は、遺産に対する権利割合を示す権利関係ではなく、遺産分配手続における計算上の分配基準にすぎないので、民事訴訟の対象としての適格性を有するもの(「訴訟事項」)ではなく、審判手続(非訟手続)によって決定せられるべきもの(非訟事項)である、とするものである。

(二) しかしながら、「具体的相続分」は、前掲の最高裁判所大法廷決定において審判手続の「前提事項」とせられる「相続権」の割合をいうものであるから、相続権の権利関係として、右の「前提事項」に属すると解せられるのであるが、右判例においては、

「審判手続(非訟手続)において、右前提事項(相続権、相続財産等の遺産分割の審判の前提事項)の存否を審理判断したうえで分割の処分を行うことは少しも差支えないというべきである。けだし、審判手続においてした右前提事項に関する判断には既判力を生じないから、これを争う当事者は、別に民事訴訟を提起して、右前提たる権利関係の確定を求めることをなんら妨げられるものではなく、そして、その結果、判決によって右前提たる権利の存在が否定されれば、分割の審判もその限度において効力を失うに至るものと解せられるからである。このように、右前提事項の存否を審判手続によって決定しても、そのことは民事訴訟による通常の裁判を受ける途を閉すことを意味しないから、憲法三二条、八二条に違反するものではない。」

と判示せられているので、

「具体的相続分」についても、右判例にしたがって、その存否を審判手続において決定せられても、それは民事訴訟による通常の裁判を受ける途(訴訟手続)を閉ざすことを意味せず、憲法三二条、八二条に違反しないとして、具体的相続分の確定のために、右審判手続とは別に訴訟手続に出ることができること明らかである。

(三) そうすると、原判決は右の最高裁大法廷の決定によって判例とせられているところに違反して、判決での中心的な判決を遺脱する、ないし理由不備ないし理由の食違いを犯しているものであって、破棄せられるべきこと明らかというべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例